アルパックニュースレター190号
松の実保育園分園「社の上」ができました
どんな仕事でも緊張感をもって取り組むことは当前ですが、松の実保育園の設計はとりわけ緊張しました。この保育園のクライアントは、アルパックの大先輩で、ご自身が数多くの保育園や幼児施設の設計を手がけてこられた方であり、私が若かった頃設計に行き詰まった時に相談に乗っていただいた松井俊さんであったからです。松井さんは現在、松の実保育園の理事長です。
松の実保育園は、滋賀県大津市唐崎に開園して30年が経ちます。園長先生である奥様と松井理事長は、地域とともにある保育園とはどのようなものであるべきかを考え、本園を建設し、続いて第2園を建設されてきました。保育を実践する奥様と、建築家である松井俊さんが、さまざまな試みを積み重ねてきた松の実保育園は、地域の人々にも支えられ成長してきました。
![]() 本園 |
![]() 第2園 |

平面図
昨年7月のニュースレターでご紹介した「第2わらべ保育園」の設計をしているときに、松井さんから「次は、松の実保育園の分園をやってくれるね?」といわれ、「もちろんです。」とお答えはしたものの、「経験豊富な松井さんのことだから、保育園のイメージも構想もできあがっているだろう。」と気楽に考えていました。
「こども達に非日常の空間の体験をさせてあげたい。そんな園舎を創りたい。」
最初に園長先生からいただいたテーマは、このようにまさに空(間)を掴むようなものでした。当の松井理事長は「園長の考えを聞いてやってくれ。」いろいろお話しを伺っていくうちに、先生は現代の都市住宅の画一性や空間の貧弱さを指摘され、こども達がおおらかな家を経験する機会を提供したいと考えているのではないかと思うようになりました。
この分園は、5歳児保育を中心として、学童のこども達も、「ただいま。」と帰ってくることができる「家」なのです。
そこで、土間を中心とした大きな民家をイメージしました。土間に連続して掘り炬燵のある畳の保育室、ボディペインティングや水を使った活動ができる土間の保育室、そして大きなドームのホール。

ドームのホール
八角形の平面の上にのる円形のドームは、松井理事長がこの保育園で実現したかった空間でした。直径12mのドームを木造で創る。すぐに思いあたったのは、以前からお付き合いをさせていただいていた今井克彦先生((株)森林経済工学研究所代表取締役)でした。先生が新しく間伐材を使った木のトラスを開発されたと伺っていましたので、すぐに松井理事長に今井先生をご紹介し、実際の作品も見ていただいて、間伐材トラスの構造でドームを創ることにしました。今井先生は、私達がよくお世話になる鉄とコンクリートの複合スラブの開発者でもあります。
ドームのホールのテーマは、比良山系の夕暮れ時です。こども達が1日過ごした保育園から家路につく頃、また学童のこども達が元気に帰ってくる頃、西の空は青みが薄れ、山の端はわずかに赤く染まってきます。そして、少しずつ星が見え始める、そんな光景をドーム全体で表現しました。そんな空に沢山の流れ星が流れている。木のトラスをつなぐ金属の球(ノード)はシルバーに輝き、木のトラスは流れ星の尾になります。沢山の流れ星の一つ一つにこども達の健やかな成長の願いを込めました。
2014年4月整地された敷地で地鎮祭が執り行われ、7月5歳児や学童のこども達も参加して上棟式が行われ玉串を献げた後、こども達は普段経験することの少ない伝統的な餅まきの行事を経験しました。
![]() 組立中のドーム |
![]() 上棟式の餅まき |
![]() 土間 |
![]() 保育室 |
中心となる土間には、薪ストーブと小さなカウンターと流しが設けられ、保護者の方々や地域の方々がお茶を飲みながら交流できるスペースとなります。また、吹抜のある保育室には園長先生の希望で対面型のシステムキッチンが置かれました。こども達とクッキングしたり、カウンターに座っておやつを食べることができます。畳の保育室の外のテラスにケヤキの大木の一部が坐っています。また、園庭にはリンボクの大木の一部を利用してツリーハウスの基壇が築かれました。いずれも、近くの八幡神社の境内にあったものが、一昨年の台風で倒れたため、譲り受けてこの保育園で遊具として生き続けているものです。松の実保育園分園は100坪ほどの小さな保育園ですが、実に多くの人々の協力でできあがっています。
![]() テラスとケヤキ |
![]() リンボクのツリーハウス |

完成の神事
冒頭、この設計は緊張で始まったと書きました。しかしその緊張は、この現場を担当してくれた若き現場代理人の池戸さんによりほぐされていきました。彼はあたかも設計通りにしてなるものかとばかりに、様々なアイディアを出し続け、ついに完成にこぎ着けました。
毎週現場の定例会議がもたれました。ほとんどは、松井理事長のご自宅が会場となりました。毎回、昼2時から始めた会議は延々夜9時過ぎまで続きました。どんなことでも理事長、園長、施工者、設計者の間で議論をかわし、納得して決定しました。
松の実保育園分園は「社の上(やしろのかみ)」と命名されました。この地区の地名です。地域と共にある保育園の意が込められています。
2014年12月2日、完成した保育園で完成の神事が来年度の新5歳児も参加して執り行われました。上棟式の時と比べると5歳児は少し大きくなって見えました。
アルパックニュースレター190号・目次
ひと・まち・地域
- 被災地から新たな災害復興に向けた取組を考える-建築基準法84条による建築制限について/取締役副社長 堀口浩司
- 京都の中心市街地をデザインする/名誉会長 三輪泰司
- 地域から少子高齢化への対応を考える~その10 空き家問題を考える~/代表取締役社長 森脇宏
- 商店街活性化の担い手継承プロセス~博士論文のご紹介~/持続・魅力のまちづくりチーム 依藤光代
- 松の実保育園分園「社の上」ができました/建築プランニング・デザイングループ 高坂憲治















