レターズアルパック201号

地域に寄り添って地方創生を考える その19
~国土主軸から離れていても人口が増加した自治体~

執筆者;代表取締役社長 森脇宏

考察の対象とする自治体の選定

 前々号(199号)では、地方部で参考になる人口増加自治体の多くが、企業誘致に成功した市町村であることを示しました。今号では、これらの市町村のうち、国土主軸から離れていても企業誘致を図り、地域中心市のベッドタウンとしての性格も持ちつつ人口を増やしてきた自治体の教訓を考察します。該当する市町村は、芽室町(北海道)、聖籠町(新潟県)、白山市(石川県)、川北町(石川県)、宮田村(長野県)、時津町(長崎県)の計6市町村ですが、次のような整理から、宮田村と川北町に絞って考察を進めます。
 6市町村のうち芽室町については、既に当ニュースレターの196号で、農工連携のモデルになりうるWinWin型で企業誘致を成功させていることを紹介しています。また、夜間人口を依存する地域中心都市の人口規模を図1にみると、聖籠町、白山市、時津町は、県庁所在都市に夜間人口を依存できる好条件を備えていますので、対象からは除外します。ただし川北町は、金沢市に依存していますが、「日本創成会議」の推計で2040年の若年女性人口の増加率(10年比)が全国最高でしたので、考察対象として残しました。こうして、人口規模の小さい地域中心市(駒ヶ根市)に依存する宮田村と、川北町を考察対象にしました。


  

宮田村-依存都市が小さくても発展できる事例

(宮田村の概況)
 長野県の宮田村は、江戸時代に穀倉地帯であり、伊奈街道の宿場も置かれていました。1954年に赤穂町・中沢村・伊那村と合併して駒ヶ根市が発足しましたが、1956年に旧宮田村域が分立して現在の宮田村が発足していますので、地域アイデンティティの強い地域のようです。
 また、医療機関、福祉施設、学校等の暮らしに欠かせない諸施設が、JR宮田駅周辺に集積し、生活圏半径2.5kmのコンパクトビレッジになっています。
(人口の動向)
 宮田村の人口は、図2にみるように、ほとんど増加傾向が続いており、1965年の6千人強から2010年の約9千人へと着実に伸ばしてきました。村内に常住する男性従業者数の産業別構成比をみると、製造業が約43%と圧倒的に多く、製造業が人口増を牽引しているように見えます(国勢調査[2010年])。
(産業の動向)
 宮田村は、明治時代に県内に先駆けて外国製の機械を導入し、規模の大きい製糸工場が数多く営まれ、その跡地に疎開工場が立地したことが、戦後の工業発展の礎になりました。戦後は、戦時疎開のバネ工場や船舶用部品工場等を中核に、その下請け企業による操業で始まりました。さらにその後、中核企業が事務機器や精密機械等にも製品展開していきました(注)。また、1970年代中頃から80年代初めにかけての中央自動車道開通に伴って、三大都市圏への時間距離が短縮され、村内の工業団地に新たな工場立地が見られるようにもなりました。
(注)「就業構造の変化と農業の担い手―高度経済成長期以降の農村の就業構造と農業経営の変化(今井健,農林統計協会,1994年)」より
(周辺自治体との関係)
 ところで、宮田村に常住する就業者・通学者の58%が、村外に通勤通学で流出しています。すなわち、宮田村の人口増加は、村内への企業誘致だけでなく、隣接する駒ヶ根市や伊那市のベッドタウンとして人口を増やしている側面もあります。一方、宮田村に従業・通学している方の53%が村外から流入していますので、宮田村の企業は村外に常住する就業者に支えられているという側面もあります(流出・流入ともに国勢調査[2010年])。したがって、宮田村の人口を考察するには、隣接する駒ヶ根市や伊那市も含めた圏域を視野に入れて考察する必要があります。
 そこで、駒ヶ根市と伊那市の人口動向をみると、駒ヶ根市は2005年をピークに人口減に転じ、伊那市は1995年をピークに増減を繰り返しながら減少傾向を示しています。また、近年の宮田村の社会動態をみると、駒ヶ根市や伊那市等からの転入超過がみられます。
(転入超過の要因)
 こうした転入を惹きつけている要因は何でしょうか。宮田村では「子育て支援日本一」をめざして、新生児訪問、母乳相談助成、不妊治療助成相談、保育料助成、高校三年生までの医療費無料など、様々な支援が実施されていますので、これらの施策が要因になっているのかも知れません。そこで、「宮田村人口ビジョン(2015年10月)」策定に際して行われたアンケート調査(保育園児と小学生の保護者が対象)をみると、「宮田村の子育てのしやすさ」については、「どちらかといえば良い」が54%、「どちらでもない」が21%、「とても良い」が19%という回答ですので、子育て支援に対する評価は高いと思われます。その一方、全世帯主に対するアンケート調査で「移住・定住の際に重視したこと」という問には、「生まれ育った場所」「職場や学校が近い」「住宅価格や家賃が手頃」「親・子ども・知人が近い」「配偶者の意向」が重視されており、子育て支援との直接的な関係は確認できません。
(考察のまとめ)
 以上のように、宮田町の人口増の要因は、企業誘致だけではなく、隣接する駒ヶ根市や伊那市のベッドタウンとして夜間人口が転入していることも大きいと言えます。このうち企業誘致は、疎開工場等のストックが礎となり、工場団地整備が発展を支えるとともに、駒ヶ根市や伊那市の人口集積が、従業員確保を容易にしていることも重要な要因と推察されます。またベッドタウンとしての人口増は、企業誘致による職場の確保と、手頃な住宅確保等が要因と考えられ、子育て支援が効果を発揮した可能性はありますが、確認はできていません。
 いずれにせよ、駒ヶ根市や伊那市に、夜間人口や昼間人口の増加を適宜依存しつつ、発展してきたと言えるでしょう。駒ヶ根市の人口は約34千人、伊那市の人口は約71千人ですから、この程度の人口規模での都市でも、適切に依存(役割分担)すれば、人口を増やしていける可能性を示しているようです。


  

川北町-企業誘致先行で生活環境を整備した事例

(川北町の概況)
 石川県の川北町は、加賀平野のほぼ中央部に位置し、手取川の豊富な水と肥沃な土壌により、県内有数の穀倉地帯として発展してきました。人口は図3にみるように1985年頃までは4千人強で横ばいでしたが、その後は概ね増加が続き、特に1995年以降は急増し6千人強に至っています。男性従業者数の産業別構成比をみると、製造業が約31%と多く、製造業が人口増を牽引しているように見えます(国勢調査[2010年])。


  

(産業の動向)
 こうした傾向は、1980年に町制施行後に始まった工場誘致施策と軌を一にしています。1984年に松下電器産業(株)(現:ジャパンディスプレイ(株))石川工場が誘致されて以降、人口が増加し始め、大型ショッピングセンターも誘致し、工業団地の供用が始まった頃から人口が急増しています。また、製造業における業種別従業者数の構成比を図4にみると、電子部品が約4割を占めていますが、それ以外にも印刷をはじめ多様な業種が集積しており、ジャパンディスプレイ(株)が立地した以降も、様々な企業が立地していることが確認できます。


  

(周辺自治体との関係)
 ところで、川北町に常住する就業者・通学者は、その大部分である73%の方が町外に通勤通学で流出しています。すなわち、川北町の人口増加は、町内への企業誘致よりも、近隣の金沢市や白山市のベッドタウンとして人口を増やしている側面が大きいようです。一方、川北町に従業・通学している方の大部分、73%の方が町外から流入していますので、川北町の企業は町外に常住する就業者に大きく支えられています。したがって、川北町の人口を考察するには、近隣の金沢市や白山市も含めた圏域を視野に入れて考察する必要がありそうです。
 そこで、金沢市や白山市の人口動向をみると、いずれも人口増加が続いています。すなわち、川北町は金沢市や白山市と歩調を合わせて人口を増やしており、圏域全体として発展していると言えます。また川北町の人口動態をみると、自然動態も社会動態も、ともにプラスになっています。このうち社会動態の転入超過をみると、金沢市や白山市からの転入が多くを占めています。
(転入超過の要因)
 こうした転入を獲得できている要因は何でしょうか。川北町では、生活環境を高める施策も積極的で、下水道普及率100%、廃止された雇用促進住宅を買い取っての町営住宅化、保育料の抑制、不妊症治療費の助成などを進めています。こうした施策の効果を確認するため、「川北町総合戦略策定にかかるアンケート調査報告書(2016年2月)」をみると、「川北町に定住する魅力」について、「子育て環境が良い」が63%、「静かで暮らしやすい」が61%、「自然環境がいい」が54%、「福祉が充実」が49%、「治安が良い」が46%という回答になっています。すなわち、全体として川北町が力を入れてきた施策が効果を発揮していると推察されます。
(考察のまとめ)
 以上のように、川北町の人口増の要因は、企業誘致よりも、隣接する金沢市や白山市のベッドタウンとして夜間人口が転入していることが大きく効いています。このベッドタウンとしての人口増は、子育て支援や生活環境の整備等の施策が効果を発揮していると言えるでしょう。ただ、これらの施策には財政力が必要です。企業誘致で財政力を高めたことから、これらの施策への投資が可能になっているようですので、企業誘致は間接的に寄与していると考えるべきでしよう。なお、川北町の企業誘致は、積極的な誘致の取り組みだけでなく、既存産業の集積がある金沢市や白山市と一体となった圏域内という立地条件を活かし、これら両市に関連する企業の誘致や、両市の常住者を従業員として確保しやすいことも、有利な条件を提供していると推察されます。
 こうしてみると、川北町は金沢市や白山市に大きく依存しつつ、企業誘致→財政力強化→生活環境整備→人口増加という手順を踏んで発展してきたと言えそうです。このように考えると、図3にみる1985年から1995年の緩やかな人口増は、企業誘致を先行させ、財政力強化を進めた期間であり、1995年以降の人口急増は、強化された財政力を活かした施策によって実現できているのかも知れません。したがって、金沢市のようにポテンシャルの高い都市が近隣にある自治体として、一つの発展モデルを示しているようです。



レターズアルパック201号・目次

2017年1月1日発行

特集「新しい風」

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