レターズアルパック202号

特集「願い」
平成の氏子駈・氏子狩復活事業
~古からの人の繋がりを活かした地域づくり~

執筆者;地域再生デザイングループ/三木健治

 とち・ぶな・けやきなどから轆轤(ろくろ)と呼ばれる工具で、椀や盆などの木地をつくる職人のことを木地師(きじし)と言います(轆轤師や木地屋とも呼ばれます)。
 木地師の多くは、諸国の深山に入り作業をし、良材が無くなると、新しい山へ移住する暮らしを送っていました。
 2013年にスタジオジブリが製作した「かぐや姫の物語」に、木地師が登場しますが、そこでも木地師が移住生活者であったことが描かれています。


 お椀の製作工程

「木地師のふるさと」永源寺

 全国各地を移住しながら活動する木地師を、保護・統括する支配所が、滋賀県東近江市の永源寺地区にありました。
 滋賀県と三重県の県境の山間部にある、小椋谷(おぐらたに)と呼ばれる蛭谷(ひるたに)町に「筒井公文所」、君ヶ畑(きみがはた)町に「高松御所」という2カ所の支配所があり、支配所の役人が、全国各地の木地師を訪ね歩く「氏子かり」を行っていました。
 支配所の役人が、全国各地の木地師を訪ね歩き、氏子料や初穂料を徴収し、その代わりに神札や鑑札(営業許可書)などを渡して身分を保証していました。
 この「氏子かり」における金銭授受の記録が「氏子駈帳」(うじこかけちょう)と「氏子狩帳」(うじこかりちょう)と呼ばれ、江戸期から明治期のものが、現在も永源寺地区に残されています。
 「氏子駈帳」と「氏子狩帳」には、移動生活を送る木地師の身元を改める人別帳の類も含まれ、全国の木地師は、古くから永源寺地区を中心にネットワークされていたのです。


 大皇器地祖神社(君ヶ畑町)

 大皇器地祖神社(君ヶ畑町)

惟嵩親王伝説

 なぜ、山深い永源寺地区が、全国の木地師とつながっていたのか、ひとつの伝説が語り継がれています。
 平安時代初期に、文徳天皇の第一皇子であった小野宮惟嵩親王(これたかしんのう)が、永源寺地区に隠棲し、轆轤を発明し、周辺の杣人に、その技術を伝授し、全国各地に伝わったという伝説です。
 惟嵩親王を祀る神社として、蛭谷町には「筒井神社」、君ヶ畑町には「大皇器地祖神社」があり、それぞれが筒井公文所、高松御所と呼ばれる支配所の一翼を担っていました。
 毎年蛭谷地区で開催される「惟嵩親王祭」には、全国各地の木地師が集まるなど、現在も、永源寺地区は、全国の木地師にとって大切な聖地となっています。


 筒井神社(蛭谷町)

平成の氏子駈・氏子狩復活事業

  現在、東近江市では「森の仕事創出」に取り組んでおり、その一つとして「平成の氏子駈・氏子狩復活事業」を行っています。
 全国各地で活躍する木地師の方(や、そのゆかりの地域)を訪ね歩き、永源寺地区との関係性や、地区への願いについてお伺いしています。
 また、木地師ゆかりの姓と言われる全国の「小椋」「大蔵」姓の方々に、自身の祖先の事や地区への願いなどについてアンケートを行っています。
 このように地域にルーツを持つ全国の方々と繋がりながら、地域を見直していくことは、人口減少時代における地域づくりの一つのモデルではないかと考えられます。
※本業務は、地域産業イノベーショングループの高田剛司、山部健介、公共マネジメントグループの石井敏史、渡邊美穂も担当しています。


 地元木地師の作業の様子

レターズアルパック202号・目次

2017年3月1日発行

特集「願い」

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