レターズアルパック202号

はじめてのインド、はじめてのスリランカ
南インド経済事情視察で感じたこと

執筆者;代表取締役会長 杉原五郎

 2016年12月10日(土)から18日(日)まで、中同協(中小企業家同友会全国協議会)主催のインド・スリランカ視察に参加しました。
 インドでは、インド政府中小企業省、3つの経済団体、日系企業2社とローカル企業1社、ジェトロ(日本貿易振興機構)を訪問し、懇談しました。スリランカでは、貿易と投資の政府機関、日本で研修して日本的経営を学んだローカル企業3社を訪れました。
 インド・スリランカ視察で感じたこと、今回の視察から学んだことについて報告します。

はじめてのインド、はじめてのデリー

 2016年12月10日(土)の昼に成田空港を飛び立って、10時間後の夕刻、インドのデリー空港に到着。生まれてはじめて、インドの大地を踏みしめることになりました。
 インド・デリーの印象は、第1に、まちがクルマの洪水で溢れていること。市内の道路も郊外とつながる高速道路も、至るところで大渋滞・大混雑を起こし、自動車による排気ガスで、デリーの空はどんより曇っていました。交通問題と環境問題は、相当深刻な状況にあると実感しました。
 第2に、インドの経済は、自動車産業の発展に牽引されて好調に推移していること。デリーからバスで2時間余のニムラナ工業団地の日系企業2社を訪問しましたが、いずれも自動車関連の工場でした。1社は、静岡に本社のある中小企業で自動車のエンジン金型を、もうひとつの住金グループの1社はスチールパイプを生産し、どちらもスズキやホンダなど自動車メーカーを顧客としていました。インドのローカル企業経営者は、自動車需要がまだまだこれから伸びていくという楽観的な見通しを語っていました。
 第3に、国民の所得が確実に上昇して、富裕層と中間層が生まれつつあること。デリー市内に最近できたショッピングモールを歩きましたが、6階建てで延長数百mの巨大なものでした。日曜日ということもあって、世界ブランドの有名ショップや飲食の店舗は、家族連れや若いカップルで賑わっていました。インド国民の所得が確実に伸びていることを目のあたりにしました。
 全体として、インドは、自動車化(モータリゼーション)に伴う交通問題、大気汚染・ゴミ・排水処理などの環境問題、そして経済的な格差や貧困問題を抱えながら、いままさに経済成長の真っただ中にあるとの印象を持ちました。ちなみに、現在13億人近い人口は、中国を追い抜いて17億人を超えて世界一になることが確実視されており、巨大な市場が形成されつつあります。


 デリーの市場(マーケット)をリキシャで巡る

はじめてのスリランカ、はじめてのコロンボ

 12月14日(水)の午後、インドのデリーから飛行機で約3時間ほどのスリランカのコロンボに移動しました。
 スリランカ・コロンボの印象は、第1に、インド・デリーとは打って変わって、静かで穏やかなこと。空は、青くて明るく、空港から市内へのクルマの流れもスムース。1948年に英国から独立したとのことですが、市内には英国植民地時代の建物も残っていて、シンガポールと幾分似たような雰囲気を感じました。海が近くにあり、海岸線も美しく、夕日がインド洋の水平線に落ちていく様は確かに人々を惹きつけるものを持っています。
 第2に、スリランカの経済は、インドと同様、発展の途上にあること。コロンボ市内と郊外をつなぐ高速道路は、最近日本や中国の援助で一部開通しましたが、一般道路はまだまだ整備が進んでいなくて、交通渋滞があちこちで生じていました。沿道の店舗や民家は老朽化していて旧態依然の状況でした。コロンボ市内では、超高層の業務ビル・ホテル・マンションの建設ラッシュが始まりつつあり、経済の発展段階はインドより先を行っているのではないかと思いました。
 第3に、スリランカの人々は、大変親日的で、日本に対してあこがれを持っていること。日本で研修を受け、その経験を生かしてスリランカで企業経営している3社を訪問しました。1社は電線ケーブル、1社はタイル、あと1社は縫製関係の製造業で、いずれも、日本の海外研修制度を活用して、5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)を中心とする日本的経営を学び、発展・成功している会社でした。案内していただいた経営者の方々は、いずれも日本に対する深い感謝の気持ちを何度も口にされました。ジャステカ(JASTECA)という、日本で研修を受けた企業経営者の同窓組織とも懇談しました。20歳で来日して、愛知県の瀬戸市で7年間陶器の仕事を学び、スリランカに帰って起業したダヤシリさんは、スリランカと日本との架け橋(キーパーソン)として尽力されています。
 スリランカ政府の貿易と投資の仕事をしている関係者とも懇談しましたが、日本企業のスリランカへの投資と誘致に熱が入っていました。


 コロンボの郊外にある縫製工場

南インドの経済事情視察から学んだこと

 中同協主催の海外視察には、今回を含めてこれまで4回参加しました。2008年(第1回)はベルギー(ブリュッセル)とフィンランド(ヘルシンキ)、2010年(第2回)は米国のワシントンとニューヨーク、2013年(第3回)はドイツ(フライブルグ、ミュンヘン)とオーストリア(ツベッテンドルフ、ギュッシング)を訪れました。ちなみに、第1回のテーマは、EU小企業憲章(シンク・スモール・ファースト)、第2回は、米国の中小企業政策(マインドシフト)、第3回は、エネルギーシフトでした。今回のインド・スリランカ視察は、どのようなテーマだったのでしょうか。
  海外視察には、3つの段階があるというのが私の見方です。第1は、なんでも見てやろうの精神(好奇心)で見て回るという段階、第2は、共通する言語である英語で(または通訳を介して)こちらの問題意識を質問という形でぶつけて学ぶという段階、第3は、お互いの国や地域(都市)の気候・風土・歴史・文化・経済・社会システムなどの違いを認識した上で、共通する問題意識に基づいて議論し、お互いの交流を深め、認識を高める段階。
 この見方からすると、今回の視察は、残念ながら共通の問題意識に基づく議論(第3の段階)には至らず、第1の見て回る段階と第2の質問して学ぶ段階であったように思います。
 日本とインド、日本とスリランカは、たしかに、国土の広さ、人口の規模、経済の発展段階、気候風土など、大きく異なっています。それぞれの国家経済に占める中小企業の位置づけや役割には相当な違いがあるのも事実です。
 今回の視察を通じて痛感したことは、国や地域の事情は異なっても、人間が人間として生きていくことには変わりはない、というごく当たり前の事実でした。リキシャ(ふたりのお客を乗せて人力で自転車をこぐインドの乗り物)に乗ってデリーの市場や路地をみて回って感じたことが強烈な印象として残っています。インドでは人々の生きることに対する「しぶとさ(執着)」を感じました。コロンボの郊外にある縫製工場では、若い男女の労働者数百人が黙々と世界ブランドのアパレル生産に取り組んでいる姿が、今も目に浮かびます。「生きる」といのは、どの国や地域でも大変なんだなというのが率直な感想です。
 今回のインド・スリランカ視察では、南インドの経済事情と日本との係わりについて実感することができました。
 18日(日)の早朝、太平洋上の雲のかなたに日の出を見ながら、成田空港に戻りました。飛行機から、関東平野に広がる山、川、集落、まちが見え、気温30度のコロンボから気温3度の成田に帰ってきたことを実感しました。 世界の中の日本、その中で中小企業の果たす役割、日本人としての生き方について、改めて考えさせられる視察となりました。


 インド・デリーの世界遺産・フマーユーン廟前

レターズアルパック202号・目次

2017年3月1日発行

特集「願い」

今、こんな仕事をしています(業務紹介)

地域に寄り添って地方創生を考える

きんきょう&イベントのお知らせ

まちかど