アルパックニュースレター164号

マインド・シフトを訪ねる旅~米国中小企業政策の視察報告~

執筆者;代表取締役社長 杉原五郎

 このたび、10月17日(日)から24日(日)まで、米国東海岸のワシントンとニューヨークを訪れました。中同協(中小企業家同友会全国協議会)の主催で、米国の中小企業政策がテーマの視察でした。1週間ほどのあわただしい視察でしたが、連邦中小企業庁を訪ね、中小企業関係者との懇談を通じて、米国の中小企業政策に触れ、幾つかの刺激と学びを得ました。

リーマン・ショックに呻吟する米国経済

 2008年9月、いわゆるリーマン・ショックが世界経済を直撃しました。「100年に一度の経済危機」の震源地になった米国経済は、今、どのような状況にあるのか。この点が今回の米国視察の大きな関心事でした。
 2008年11月の大統領選挙で、「チェンジ(変化)」を訴えて全米に空前のブームを巻き起こし、初の黒人大統領となったオバマは、2009年2月、総額7900億ドルに及ぶ経済対策を実施しました。その効果があって、米国経済は回復過程をたどりつつあるものの、失業率は9.6%と高止まっています。「政策の効果は出尽くした!」「オバマ政権の経済政策には大いに不満!」との声が聞かれました。
 NHKのワシントン支局長をされ、日米関係などで積極的な発言をされている日高義樹氏と懇談する機会がありましたが、日高氏は米国経済の現状と今後について厳しい見方をされていました。「米国のGDPは、現在40%が金融関係であるが、今後80%くらいまで金融に依存した経済構造になっていくであろう」「国防費が2040年にはゼロになるとの見通しもあり、軍事に依存した産業・経済構造をどうしていくのか、深刻な問題に直面している」と、指摘されました。
 米国は、短期的にも、中長期的にも困難な経済問題に直面しているとはいえ、人口(現在約3.1億人)は今後4億人まで伸びていく見通しにあり、自然成長率は2.5%との評価がされています。米国経済が直面している厳しい現実は、人ごととは思えず、日本経済をこれからどうしていくべきか、真剣に考えていかねばと痛感しました。

米国中小企業政策のマインド・シフト

 視察の最大のトピックスは、連邦中小企業庁(SBA、Small Business Administration、1953年設立)を訪れて、米国中小企業政策の実態を正確に把握し理解することでした。
 ワシントンに着いた翌日(10月18日(月))の午後、SBAを訪ねました。年配の女性広報官の進行のもと、4人の担当官からオバマ政権下での中小企業政策について説明を受け、幾つかの質問を投げかけました。
 米国は大企業中心の国、との印象が強かったのですが、小企業(Small Business、製造業では従業員500人以下、サービス業では700万ドル以下)の企業数は99.7%、労働人口とGDPの50%、新規雇用の65%を占めている、とのことでした。SBA担当官の説明で特に注目すべき点は、1980年代に入り、製造業の不振と空洞化の進行(「メイド・イン・アメリカ」の著作で話題になる)によって、米国経済が国際競争力を失って、「マインド・シフト」が生まれたという事実です。それまでの大企業中心から、起業家精神の発揮、新規雇用の創出が米国経済再生にとって必要との認識から小企業重視の考え方が広がった、とされています。ちなみに、「小企業が雇用を生む」という点では民主党も共和党も一致している、とのことでした。
 この点は、2008年5月の欧州小企業憲章視察で学んだ「Think Small First(小企業のことをまず第一に考えよ)」というEUの政策と共通しています。同時に、本年6月18日、わが国の民主党政権の下で閣議決定された「中小企業憲章」の考え方とも相通ずるものがあります。
 今回のSBAへの視察を通じて、次の諸点が印象に残りました。
(1)「規制公正柔軟法」によって、あらゆる法律が小企業にどのような影響を及ぼすかについて事前にチェックし、法律制定後も影響を監視して、小企業をアドボケイト(支援)していること。
(2)政府調達(5000億ドル)が、中小企業、マイノリティ、「女性企業」、貧困地域などに優先的に配分されるように、政府が法的数値目標を持ち、優先配分のための特別の仕組み(取り置き制度、入札なしの制度など)によってその達成に努力していること。
(3)多様な融資、災害復興に対する小企業支援、女性企業家などへの支援をきめ細かく行っていること。


連邦中小企業庁・SBAの視察(10月18日)

米国国会議事堂見学を終えて(10月19日)

視察先で得た米国中小企業政策の実態

 今回の米国視察では、アーリントン経済開発公社(AED)、米国独立企業連盟(NFIB)、米国女性経営者協会ニューヨーク支部、中小企業育成センター(SBDC)、ジェトロ・ニューヨークセンターを訪ねました。
 AEDは、首都・ワシントンに隣接するバージニア州アーリントン郡の経済開発を担当している行政組織です。国防総省に係わる軍事関係の企業集積によって現状では幾分恵まれた状況にあるものの、今後軍事関係予算が縮減していく見通しにある中で、経済的な持続可能性を地域発展の目標に掲げ、経済開発に熱心に取り組んでいました。
 米国独立企業連盟は、全米で35万人の会員を擁する企業家の団体ですが、オバマ大統領が提案した医療制度改革に強く反対していたことが印象的でした。従業員50人未満の企業にとって、医療保険の企業負担は耐えられないとの本音が語られ、医療制度改革の困難さが伝わってきました。
 米国女性経営者協会NY支部との懇談は、マンハッタンにあるレストランで約1時間半ほど和気藹々とした雰囲気の中で行われました。米国では、「女性企業」(株式の51%を女性が所有)が全企業の33%と大きなウェートを占めるに至っていること、その背景にはレイオフや性差別などを乗り越える女性の社会進出があり、頑張る女性企業家をきめ細かく支援する仕組みが整ってきていること、が理解できました。
 中小企業育成センターでは、SBAの支援とペース大学との連携のもと、ニューヨーク州が運営する形で、マネージメント、資金、技術などいろいろな面から具体的でていねいな起業支援がなされている実例について説明を受けました。ジェトロ・ニューヨークセンターでは、米国経済と連邦中小企業政策について詳細なデータに基づく説明がなされました。

多様な国、民主主義と資本主義の総本山・アメリカ

 1週間ほどの視察で何がわかるのだろうか。そんな思いを持ちながら参加したこのたびの視察は、久しぶりに米国社会を肌で感じ取るいい機会となりました。ワシントンでは、国会議事堂(US.Capital)を見学し、ホワイトハウスや官庁街、スミソニアン博物館の界隈を歩きました。ニューヨークでは、復興しつつあるグランド・ゼロと国連本部を見学し、ブロードウェーでミュージカル(ウェストサイドストーリー)を観て、アメリカ文化の一端にも触れることができました。
 今回の視察は、1996年以来14年ぶり、通算7回目の米国訪問となりましたが、いまさらながら、多様な人々が行き交う人種のるつぼ、民主主義と資本主義の総本山・アメリカを実感しました。同時に、日本の政治、経済、文化、都市計画についていろいろと考えさせられる旅でもありました。