アルパックニュースレター163号
素人の都市計画・玄人のまちづくり(続編)
2007年秋のアルパックニュースレター(145号)で、都市整備や行政の計画づくりに市民参加が当たり前になった時代にあって、都市計画の職能確立、専門家の役割はどうあるべきかについて述べました。前編は「素人でも判るような都市計画にするのが、専門家の役割」というべき内容でした。何人かの読者から反応があり、後編として「まちづくりに関わるプランナーの役割」を書かねばならないと思いつつ、その間の激しい変化に追随できず、ついつい先延ばしにしておりました。この3年近くの間に、コンサルタントを巡る環境も大きく変わりつつあるので、この間の変化を振り返ると共に、今後の方向性について考えてみました。
都市計画のスキルアップ塾-初級プロ講習
都市計画学会関西支部で2007年と2008年にスキルアップ塾を開催しています。初年度は(1)GIS研修、(2)基礎調査編(現地踏査、アンケート、統計処理)、(3)ワークショップ技術です。2年度は(1)と(2)だけを実施しました。参加者は学会の個人会員あるいは団体会員に限定されており、行政とコンサルタントの若手職員に基本的なスキルを紹介することが目的です。比較的汎用性の高い(2)基礎調査編と、アプリケーションの使い方に徹した(1)GIS講習編は結構人気がありました。一方、ワークショップ研修については、既に既存文献が充実しているのか、使い方や使う場面のイメージが乏しいのか、集まりが悪く1回で講習を終えました。スキルアップ塾は、あまり理念的な研修にせず、基礎編として最低限必要な知識や技術、習っておいて損にならない内容に絞っているので、それなりに人気がありました。
さらに詳細な内容や技術の習得という段階に進むには、「習うより慣れろ」と言うように練習時間や反復練習も必要であり、その時々に現場で下す判断も重要なため、研修医や司法修習生と同様、現場でのインターン期間が必要になります。求められる内容や技術が日々変化する中では、その時々のOJTでしか伝えられない技術が多くなります。

案内チラシ
市民にワークショップを教える(大阪市での経験)
大阪市では、市民グループや活動団体を直接支援する制度として、講師派遣制度をもっており、あまり元気が出ない町内会の活動、上下関係もあって「なかなか話がはずまない」、「もっと自発的な意見が欲しい」といった悩みを抱えている市民団体むけに「話がはずむ会議のファシリテーション講座」なるものを開催しています。その流れの中で、2008年にはさまざまな活動団体のグループリーダー向けに、2009年には区民音楽祭の実行委員会を構成するコーラスグループのコアスタッフ向けに「ファシリテーション講習会」をやるべく派遣されました。2~3時間の体験講座を3回実施しました。
ワークショップのファシリテーション技術を直接住民団体にレクチャーすることになりました。これまでコンサルタントや行政が市民を相手としたワークショップを開催し、我々が意見をまとめる段階から、対話の道具として市民自らがワークショップを切り盛りする時代になりつつあります。
このようにワークショップやラウンドテーブルなどのコミュニケーション技術は、日常的な地域活動、市民活動の現場で使われる段階になっており、時には不慣れなコンサルタント以上に、経験豊かな市民もいるかもしれません。
このように我々の仕事も日々進化しており、その中でコンサルタントやプランナーの役割も大きな変化を遂げつつあります。

第2回案内チラシ
まちづくりプランナーの職能についての考え方の変化について
私の駆け出しの頃、弊社の先輩である堅田さん(故人)が、「コンサルとは、コンと鳴いて、さっと去る」と言っていたのを思い出します。昔は地域づくりに熱い情熱を持ちつつも、客観的な立場で正論を述べて、後は「皆さんで頑張りましょう」といって爽やかに立ち去るといった立場だったのです。
ところが時代の変化と共に、我々の仕事も変化してきます。口先だけで提案しても迫力がないし信用されないので、「PLAN」から「DO」への関わりが一般的になってきました。調査し、計画を作り、きれいな報告書がまとまりました、それだけでは、地域は変わりません。コンサルタントも地元や行政の人と一緒に汗をかき、一緒に活動することがあたりまえになってきました。
地方でのコンサルタントの仕事と、中央の政策シンクタンクの仕事には決定的な違いがあって、前者はどこでも使える万能薬より、個別の事象や問題解決に効く特効薬を常に求められています。後者は政策調査の場合には、特殊解よりは一般解で汎用性のある方向付けを、ベーシックな基礎調査の場合には丹念に掘り下げた実態把握を求められます。アルパックの仕事の多くの部分は、地方の問題を扱うことになりますから、前者の要請が強く、地道な調査の中からその地域の問題を発見し、解決の方向を示し、具体的で段階的な技術的解決策を提示し、時には自ら実施を担うというソリューションビジネスだと思います。
「笛ふけど踊らず」なら「踊らにゃ損」
最近は、地元が踊らないのに、コンサルタントだけ踊っているのでは、という局面もあります。これってどういう意味があるのでしょう。市民の関心や取り組みの意欲がまだまだなので、その活動の必要性や達成したときの満足、協働で取り組むことの楽しさ、といった事を先行的・明示的に演出し、理解を助け、活動の雰囲気を作っていく。一種の撒き餌のような効果を担っている場合もあります。
コンサルタント自身も、これは仕事なのか遊びなのか良く判らないまま、面白いと思ってやっている筈です。
私自身の経験でいえば、かつて自分が住む町で「まちなみ会議」という組織が発足する段階で一緒に活動しました。その時に「私は職能を確立するべき立場で頑張ってきたのに、この活動を無償でする意味は?」「他の自治体からはフィーをとりながら、ここはボランティアでいいのか?」といった事柄を考えました。その時は「自己満足が得られる」「この活動の初動期には専門的リードが必要」「自分の住む町が良くなれば、自らにも利益がある」という理由で、その準備段階の1年間だけ一市民の立場で活動しました。
まだ、プロボノ(Pro Bono Publico =公共善のために)のような関わり方が理解されていない時期でしたので、専門家である私が個人として関わることにためらいがあった訳です。結論からいうと「自分の技術開発にも役立つ」「他の現場でも使えるヒントがある」という実利もありました。アルパックであれば当然使えるべき道具や環境もない、強いリーダーを作らずフラットな組織の一員として意見を集約し発表する状況を作っていく、いわば野戦病院の技術や心構えができました。
ただし、やってみると私にとっても面白いし達成感もあるのですが、あまり手際よくやりすぎると「他の地区でも(手助けなしで)同じことができるか」「きれいに作りすぎて、それが標準型に思われると後が続かない」など、市民活動として続けて行くための配慮が必要だと思っていました。単に、手を抜いているだけと思われるかも知れませんが、教育と同じで、できるかできないかギリギリのところまで見極め、それ以上は関与しないというのが良いだろうと今も思っています。専門家はまちづくり組織や関わる人を育てるべきで、活動そのものを育てるのは市民や企業など「活動家」の役割であると考える訳です。
職能の確立はトラウマか
都市計画コンサルタントという職業がスタートして約50年以上になりますが、元々ベンチャービジネスのようなもので、仕事内容を固め、ちゃんとしたフィーを貰い、組織として継続的に維持してゆく、まさしく職業として確立するための試行錯誤を繰り返しています。その中で都市計画コンサルタント協会などが中心になって、専門的な調査・計画・調整・助言に対する適切な費用を頂戴するという実績を作ってきました。では「まちづくり」はどうでしょうか?市民参加の必要性については認識されつつありますが、専門的技術の内容や性能、効果と評価のシステムはまだ萌芽段階にあって、時間当たり幾らといった計算方法が一般的ではないでしょうか?(勿論、経験を積んだ人なら30分で判ることが、経験の少ない人なら何時間もかかる場合もありますが)
「まちづくり」が住民運動や反対運動の解決策、あるいはハードな市街地整備のための合意形成の手法として出発し、阪神・淡路大震災以降は言葉としても市民権を得る一方、便利な言葉として勝手な解釈がすすみ、都市計画領域からはみ出て、さまざまな分野の人が使う言葉になりました。専門領域として扱うには広すぎて、ほとんど手に負えなくなりつつある状況です。
最近、プロのコンサルタントやシンクタンクの人が、自らまちづくりの担い手となって直接関与する例が多くなっています。さらには仕事以外の余暇時間を利用して専門的技術を活用する「プロボノ」といった関わり方も注目されつつあります。
これにはさまざまな背景があります。第1はまちづくりコンサルタントの仕事の総量が縮小傾向にあることです。多くの場所や地域では問題を抱えつつも、それを解決するために人を雇う、事業を進めるといった資金調達の手段が確立されていないことに起因します。これまでとは異なり、まとまった事業費を税金から投入することができないために、資金を集める手段が無いことです。もちろんBID(Business Improvement District)やTMOなどの仕組みも検討されつつありますが、超のつく付加価値を持った一等地を除けば、経済行為としてのまちづくりを完結させる手段がないため、コンサルタントしたくても(雇いたくても)活動資金がない、そのため他に生計を持った人に手伝ってもらうことになります。
第2の背景は、企業のCSR活動などの理解が深まり、その会社の本業に関与しないかぎり、自由時間を使ってNPO活動や地域活動を支援する環境が整ってきたことです。さまざまな業界、業種の中で法務、税務、会計などの専門家はいますし、空間づくりだけを目的としないまちづくりの分野であれば、他の業界の方の力を発揮することもできます。逆に本業と近いと、営業行為や利益誘導と見なされかねないので、関わりが難しいと聞いています。
第3の背景は、純粋なプロボノではなく、本来プロとしての活動を「趣味」「技術開発」「PRや営業」といったさまざまな自前の理由によって、参加することです。
コンサルタント業として事務所を開設するには技術士資格が必要ですが、既に有資格者の居る会社で契約し、その社の信用で仕事をすれば、特に資格がなくてもコンサルタントの仕事をすることは可能です。多くのプロは専門的な技術の有無が問われるだけで、本来的な職能として確立するのは多くの実績と時間、世間の理解が必要です。
専門家が直接まちづくりに関わる意味。専門家の役割
専門家が自ら活動家としてまちづくりに関わるモチベーションと役割について、少し整理しました。1960年代のアメリカにおいて、肌の色や言語の異なるマイノリティ相互の合意形成や計画参加の必要性から市民参加が始まり、多様な意見や価値観を市民と共有するのが、まちづくりの基本条件となっています。その頃から比べれば、まちづくりの概念も日々変化していますし、多様な意見もあるでしょう。あくまで私の今日的な理解ということでお聞きください。
(1)楽しみとしてのまちづくり参加
我々のようなコンサルタント業界に入ってくる人は何らかのこだわりや自己実現の目標を持っている場合が多く、現場でまちづくりの活動支援をやっていると「儲からないけどそれなりに楽しい」ことが多いわけです。したがって夜遅くまでなかなか家に帰らない、家族にあきれ顔をされながらも日々あれこれと仕事で悩んでいます。幼児期に日が暮れるまで遊んでいる子供のように、(すべての仕事ではないが)自己満足でやっている部分も否定できません。地元から見れば、やる気のあるコンサルタントをうまく利用しているとも言えますし、地元の人から充分な理解と信頼を得られないとコンサルタントの自己満足に付き合わされている(振り回されている)と思われることもあります。物事の功罪は簡単に判断できません。個人的な思い込みや自己実現の意欲もないと「やる気」が出てきません。
(2)新しい業務分野の開拓と技術革新
まだ仕事として萌芽段階にあって、仕事になるかどうか判らないが、とにかく地域に何かしら問題があってその解決方法を探していく中で、何か有償の仕事になるかもしれない。見込みが薄いが何らかの打算と自らの関心でまちづくりに関わる。やっている内に技術的な発展もある。ニーズがあればいずれ仕事になる筈というベンチャースピリッツで新しい地域課題に取り組んでいくことがあります。この分野での実績づくりや成功体験を他の地区で活用することにもなります。
(3)先行投資、営業活動
仕事の内容として特段新しいテーマではないが、これまで取り組むチャンスがなかった若手コンサルタントや設計事務所が登竜門として関わる。実績や信用の乏しい零細事務所、駆け出し時代のコンサルタントが自らの実績づくりや営業活動として関与する。もし成功すれば、この実績を元に、他の地区では有償で関わる。といった個人レベルの取り組みです。(当然ながら既に実績のある大企業のスタッフほど外に出なくなる傾向がある)
プロのコンサルタントは、まちづくりを支援することが本懐
まちづくりの専門家とは、「まちづくりをする人や組織を支援する」、「まちづくりを進める上で必要な状況や仕組みを用意する」人のことだと思います。自らまちづくりをする人は「まちづくり活動家」と呼ぶべきであって、専門的技能はあるかも知れませんが、少なくともプロではありません。例えば、NPOでしょう。コンサルタントという職業がまだ世の中によく知られていなかった時代から、職能の確立に取り組んできた時代の人間としては、「プロのコンサルタント」ではないように思います。職能としてはなんらかの経験や技術をベースに、技術的なサービスの対価として相応のフィーを頂戴しないとプロとは言えない。専門的な知識やは技術があってもノンプロフィットで活動している人とは大きな断絶があると思います。ただし、ある人が時と場合によって、その立場を変化させるプロボノのような活動が今後増えてくることは間違いありません。
コンサルタントもプロをやめれば、どうなるかってつっこまれそうですが、廃業する、定年を迎える、あるいは他の仕事につくこともありますから、その場合は活動家か、ただの人になることになります。また、まちづくり活動を通じて、別のサービス業で生計を立てる場合もあるので、その場合は「まちづくりビジネスマン」というのでしょうか?「コンサルタント」としてではなく、仕事として世の中のお役に立つ現業やサービス提供をする場合もありますから、「まちづくり仕事」と普通のまちの仕事とどう異なるのかも気になります。単にベネフィットを得ないというなら、文字通りNPOですね。職能論と経営論と一緒にすると、話が混乱してきます。紙面の都合もあるので、このような「まちづくりビジネスのセカンドステージ」については、次の機会に考えてみたいと思います。
(東京事務所長 兼 名古屋事務所長(7月より兼務))







