アルパックニュースレター178号

新潮選書
『私の日本古代史』

著者:上田正昭 出版:新潮社 紹介者;名誉会長(NPO平安京・代表理事)三輪泰司


『私の日本古代史』本表紙

 昨年の2012年は、712年(和銅5年)に「古事記」が元明天皇に献上されて1300年になります。
 本書は列島文化のおいたちからはじまり、律令・白鳳文化の時代まで、先行の「学説」に新たな発見を加え、克明に再検討した「創見」を提示し、まさに歴史学者・上田正昭先生86歳、上田史学の集大成です。

「日本古代史」と地域計画

 邪馬台国論争に誰もが興味を持つように地域づくりの議論には何処からでも参加できます。多面的・多角的に未知なるものを探求するという点で、歴史学と、地域計画学はごく近いのです。地域計画の原理は、場所即ち物的・空間的特性と中味即ち人間の活動・知恵との相互関係を解くことにあります。解き方は人類社会の進歩によって変わります。プランナーの歴史学への問題意識は、地理的・社会的な概念規定と方法論に向う所以です。
 アルパック創立は1967年(昭和42年)2月。「21世紀の設計」の受託機関として内閣審議室と契約したのは、その翌1968年3月でした。私たちの「21世紀の日本に関する国土と国民生活の未来像」の基本理念の骨子は「自治生活圏」論で、“国民が自らの住む土地に責任をもち、そこをよくしていくことを出発点とする国づくり”は、まず「日本」という国の国土とそこでの人々の暮らしをどう見るかからはじまりました。
 一方、歴史学の進歩によって、歴史は変わります。歴史学の進歩は文献史料研究と、考古学による物証によります。それは相互関係で、文献探求によって物的知見の見方も変わります。
 1968年当時は、アポロ11号の月面到達を知りませんし、1972年(昭和47年)3月の高松塚古墳の極彩色壁画発見、1979年(昭和54年)1月の太安萬侶墓と墓銘誌発見の前でした。「日本」という国家意識と統治制度の形成は7世紀初めと見て、令制国‐66国3島をもって国土空間の地域区分としました。これは間違っていなかったようです。

東アジア的パースぺクティブ

 「日本列島が誕生してからの人びとのくらしは、旧石器のむかしから海上の道と深くかかわりをもっていたことがわかるのはきわめて興味深い」著者のこの言葉に強く惹かれます。
 1977年(昭和52年)3月。3年がかりの「近畿日本海地域総合開発計画」と併行しての「海洋スペース利用計画手法に関する研究」はやりたい仕事でした。全国総合開発計画もそうですが、我われは列島の内部、即ち陸地からだけ見ていてよいのか、ウミから見てみようではないか。海流や海上からの目印、沿岸域の環境・空間特性と人間活動を学んだのは正解でした。報告書の表紙にも航海用海図を使いました。日本人と日本文化の形成は韓半島との濃密な関係なしに語れません。それはウミを介しています。2012年5月~8月、韓国全羅南道・麗水国際博覧会のテーマは、「生きている海と息づく沿岸」でした。

未来を照らす古代史

 こんにち韓流・華流ドラマが、日本のお茶の間に流れています。
 一方で、隣国との関係では、俗論・俗説が根強く残っています。判っているようで、判らないことがいっぱいあります。この2月、奈良県の箸墓古墳(3世紀)・西殿塚古墳(3~4世紀)での陵墓立ち入り調査が行われました。
 本書は「記・紀」の評価に切り込んでいます。夢やロマンと史実、統治権力の意図や願望と真実との見際めは急速に進むでしょう。それが、庶民大衆の観光行動に、次いで港湾や史跡整備に繋がるのは意外に早いでしょう。東アジアにおける民族文化史の解明を、上田先生はじめ、多くの方々による多国間共同研究として行われることを期待したいものです。
 本書は「学術書」であると共に、庶民大衆にも判り易い文章で懇切に記述されています。科学的論証の書であり、啓蒙・普及書でもあります。上下併せて650ページ。一気に読ませます。