アルパックニュースレター198号
伝承譜 その3 継船場と適塾 ― “ARPA.O”への道程
地域の計画づくりをなりわいとしていて、自らの生産活動の場所にこだわるのは当然です。昨年9月7日、全社研修会の休憩時間に適塾から綿業会館まで歩いてみました。大阪事務所の「船場」への移転。時あたかも創立50周年が近づいています。京都本社事務所の移動と併せ、めでたいことです。
シンクとアクト 地域社会奉仕と高次広域活動
大阪事務所が産声を上げたのは、1972年、創立5年目、場所は千里中央ビルの地階でした。市場が育っていないこの時期に、環境部門を創りました。1年で西中島へ、1978年に天満橋へと“南下”し、1990年7月にOBPへ移って26年になります。
本社・京都事務所は、吉田・下鴨を経て、創立7年目の1974年3月、四条に場所を構えることが出来ました。それぞれに自らのアイデンティティと居場所を探求してきました。
1991年の「アルパック25周年誌」は“人・まち・地域の未来をめざして”と言っていますが、“足元”の地域社会へのまなざしには事務所によって違いがあります。それは各事務所と本社のトップの活動力によって決まり、全社の経営組織の在り方に投影されます。
1977年創設の九州事務所は“天神”にこだわり、地元博多に奉仕し、1982年創設の名古屋事務所は“栄”にこだわり、まちの町医者に徹しました。それ故にこそ、高次広域的な使命も担ってこれたアルパックの不思議な魅力を解くカギが大阪事務所にも潜んでいます。シンク・グローバリー、アクト・ローカリーです。
1990年まで、市場規模が小さいはずの京都事務所が所員数・業務量とも大阪事務所の2倍以上であった要因は、ゼミナールハウス、パルスプラザから保育園の建築に加え、グローバルなテーマ、関西学研都市建設の調査計画です。これは直ぐに人間ごとの技術移転で、九州・名古屋へ展開しました。関西学研都市構想が事務所の四条立地と密接な関係にあったのはなぜでしょうか。
市民社会への奉仕 地域の歴史的文化に根差す
四条繁栄会商店街は銀座と並ぶ全国銘柄の中心商店街で、八坂神社の門前町です。シャンゼリゼと並ぶグローバル銘柄です。商店街振興組合という法人組織も持っています。
「京都地域商業近代化計画」は自然な成り行きとして、「国際交流会館」「大学のまち・京都21プラン」等、全国的課題をリードする施策を提案・推進するシンクタンク・コンサルタントの使命を担えたのは、一義的には京都市との「協働」であり、京都の中心にある会議室での議論でなければならなかったのです。奥田東先生が、しょっちゅう京都事務所へ来られ、構想を練っておかれたのは、ここでなければならなかったのです。ちょっと東へ行けば、祇園・先斗町があったからでもありますが。要するに、歴史的文化の持つ不思議な磁力というしかありません。
大阪は神戸とともに「海」に面し、港湾があります。1980年、交通・港湾グループが大阪事務所に集まりました。海は世界と繋がっています。五港建から三港建へ、北海道から沖縄まで、パワーフルなリーダーが、港湾再開発、ポートルネッサンスの「柱」を建てました。
沖縄県や沖縄開発庁の方とお会いして、海もない「京都」に期待されていることを知り、京都で会議をセットしました。“肝胆相照らす”のは、首里城・京都御所の奥に潜む「誇り」であり、庶民の感性や教養なのだと思いました。
OBPは永く軍用地、爆撃跡地で、村のなごりも町衆の息吹もなく、ビッグビジネスの集まりになってきました。大阪事務所長は、関西経済界での足場がありませんでした。しかし、ビッグビジネスも市民社会との連携を進めます。東京の「大丸有」もそうです。OBPも変わるでしょう。
経済と文化を担ってきた、なにわの旦那衆・ご寮さんが元気でやって頂きたいです。大阪は京都と違ってワンセンター型ではありませんが、やはり芯は「船場・島の内」です。今では薬屋さんもビル化して様子が変わっていますが、これから変わるでしょう。
まちづくりへの奉仕 知恵と産業とお祭り
大阪は学会、職能団体の支部機能を持っています。京都・大阪の所員たちは、営々たる都市計画学会、建築家協会等での奉仕活動で存在を示してきました。
京都では商工会議所が知恵と産業を結んで、「知恵産業」に力を注いできました。まちづくりと知恵をくっつけるのも、私たちの得意とするところです。四条繁栄会地区の地区計画は2003年7月12日でした。自分の住んでいるところ、働いているところで建築協定・地区計画を実行しないでえらそうに都市計画コンサルタントを称することはできないでしょう。高高度から眺めるような高次広域計画が、実効性を持つには、地上で、一軒一軒の寸法から形態まで詰める建築チームの方法を知ることです。
まちは研究者には実践的探求のフィールドです。昨今、祇園祭、天神祭はまちと大学を結ぶ舞台になっています。音・光・色、すべてあります。イマジネーションの宝庫でしょう。そうすると東京は神田祭とこなっくちゃ。
適塾とチーム ライバル教育法の原理
OBの糸乘さんに、適塾の教育法を教わりました。兄弟子が弟弟子を教えるのです。緒方洪庵先生は、表に出ないで、困っているのを助けるのです。アルパックのチーム制は、適塾方式です。
実はこの教育方法は、祇園や先斗町など花街で芸妓・舞妓の教育で行われていました。更にそれは、宮家・公家の伝統的な女官教育法を真似ているのです。よきライバルをつくるのです。歳が近いと時には張り合って、やきもちを焼いたり、足を引っ張ったりします。その確執を超えて人格が作られていくのです。アルパックで言えば、若い人はまず身内、同僚の切磋琢磨からです。洪庵先生にあたるトップー代表権者は、代表権者でなければできない役目を見つけ、実行してみせることです。
大阪事務所移転と創立50周年は、組織と個人の道程を振り返るよい機会です。
アルパックニュースレター198号・目次
ごあいさつ
特集「hello 船場.」
ひと・まち・地域
きんきょう
- 若江岩田きらり商店街「ぼくも、わたしもお店屋さん」が開催されました
/地域産業イノベーショングループ 高田剛司 都市・地域プランニンググループ 絹原一寛 - フォーラム「“起業”から関西の経済再生を考える」が開催されました/地域産業イノベーショングループ 高田剛司
- 伝承譜 その3 船場と適塾 ― “ARPA.O”への道程/名誉会長 三輪泰司







