アルパックニュースレター165号

命を救うプロジェクト~心臓疾患術前シミュレータの開発

執筆者;京都事務所 高野隆嗣

京都試作ネットも今年で10周年

 京都試作ネットは「京都を試作の一大集積地にしよう!」という目標を掲げる中小企業グループです。部品加工から装置開発まで、幅広く対応可能な18社による企業連合が、「顧客の思いを素早くカタチに変える」試作サービスの提供を行うことで、企業や大学等の開発者に対するソリューション提案と、自らのイノベーションを進める活動です。
 京都試作ネットにおいて生まれている数ある「挑戦」の中から一つ、私たちがお手伝いさせて頂いているハートフルなプロジェクトをご紹介します。

新生児の100人に1人が心疾患

 心疾患は先天性の臓器異常として最も高い割合を占め、100人に1人の割合で発症しています(図1)。疾患内容はバリエーションに富み、同じ疾患でも穴の開く位置・大きさ、器官との関係など個体差が大きく、また心臓内部及び大血管の立体構造が複雑である上に、心疾患患者の血管走行は複雑なため、診断が難しいと言われています。また、手術も極めて難易度が高くなることから、術中死や後遺症が残るケースも少なくなく、患者の心臓及び大血管の複雑な立体構造を術前に正確に把握することで、手術治療の成功率を高める試みがなされてきました。
 具体的には、数年前よりマルチスライスCT検査(MSCT)で得られた3次元画像データの利用が普及し、インフォームドコンセントや手術前シミュレーションで効果をあげつつあります(図2)。更に、国内有数の手術症例を手がける(独)国立循環器病研究センターでは、3次元画像データを元にしたよりリアルな心臓の光造形レプリカの研究が進められてきました(写真3)。しかし、光造形機で作られるプラスチック製のモデルは、質感や強度が実物と大きく異なるため、代替技術が強く求められていました。
 今回ご紹介する「心臓シミュレータ」開発プロジェクトは、同センターの白石公先生のご相談を受けて、京都試作ネットのメンバーである(株)クロスエフェクトが取り組むものです。


図1: 主な心疾患の割合

図2:心臓3Dデータ画像

写真3: 光造形硬質レプリカ

図4:従来型心臓模型

フル・オーダーメイドの心臓シミュレータ開発

 「心臓シミュレータ」開発プロジェクトは、患者個体ごとのMSCTデータを用いたフル・オーダーメイドの精密シミュレータの開発です。(株)クロスエフェクトは、光造形機を用いた三次元プリンターサービスと真空注型技法を用いた軟質樹脂加工を武器に、主として工業製品の試作で急成長するベンチャー企業です。
 今回のシミュレータ開発においても、高速光造形技術とハイブリッド注型技術を駆使することで、本物に酷似した精密性・質感・強度を有する心臓シミュレータの製造技術の確立に務めています。
 当プロジェクトは平成21年度にスタートしましたが、中小企業庁の補助金事業の採択を得て、MSCTデータに基づく精密な軟質品の試作開発を達成しています。平成22年には循環器系の学会併催の展示会に2度出展し、小児心臓外科のみならず、心臓内科、並びに医療機器メーカー等から、既存の模型にはない触感と高い再現性に対する評価が寄せられ、動物の心臓や剖検標本などの代替品として期待が寄せられています(写真5)。
 一方、CTでは捕捉できない部位(弁、乳頭筋、血管)の細部表現向上のほか、基本的な疾患に係る標準品や専門領域ごとのニーズに合わせた特殊機能の付与など、新たな技術課題も明確になってきました。平成22年度からは京都府の補助事業の採択を得ることができて、実用化に向けた研究開発スピードをあげる条件も整いつつあります。

日本の技術をいのちのために

 心臓シミュレータが成功し、医療現場における普及したならどの様な効果がもたらされるでしょう。第一に、複雑な心疾患の様子を術前に正確に把握することが可能となり、手術の成功率向上に寄与できます。第二に、小児先天性心奇形手術は、短時間で非常に小さな心臓手術を完了しなくてはならず、難易度の高さと相まって熟練執刀医に施術が集中する傾向にあります。精度の高い心臓シミュレータの登場は、若手医師の手技向上に繋がります。第三に、小児心疾患の外科手術のみならず、カテーテル等の内科治療心臓に係る治療方法の開発に寄与することなどが期待されます。
 P.F.ドラッカー曰く、「ヘンな客が来たら、それが本命の客」であり、「成功するイノベーションの中で最も多いケースが予期せぬ成功」とか。工業製品の試作企業が、いのちを救うための製品開発に取り組む。そんな想定外の組合せは、京都試作ネットの活動を通じて習得されたドラッカー・マネジメントの経営思想から生まれました。
 京都のものづくり中小企業のみなさんの挑戦に、今年も目が離せません。彼らの事業に伴走させて貰いながら、私たちも「予期せぬ成功」を模索して参ります。みなさま今年もご指導の程、何とぞよろしくお願いします。


写真5: 今回開発の精密シミュレータ

写真6:過去の展示会出展の様子(2010.7日本小児循環器学会)