アルパックニュースレター187号

塀の中から見た風景

執筆者;都市・地域プランニンググループ 坂井信行


 

 真夏の太陽がこれでもかというぐらいに照りつけ気温はおそらく40度に近いであろう、日本は亜熱帯だったかと錯覚するほどの灼熱の中、私は府中刑務所を訪れました。塀の中にいる知人の面会に行ったのではなく、出所する知人を出迎えにいったのでもなく、もちろん私自身が収監されるためでもありません。府中刑務所といえば私にとっては三億円事件です。今や事件のことを知っている人すら少数かもしれませんが、1968年12月10日の朝に起きた現金強奪事件のことです。このミステリアスな事件の現場は第1現場から第4現場まであり、府中刑務所北側の塀の前は事件発生のまさにその場所、第1現場と呼ばれている場所です。その場所を見たかったのです。
 塀は当時のものから新しく作り替えられ、高さも少し低くなっているようです。第1現場は監視塔があった場所ですが、現在は撤去され代わりに監視カメラが設置されています。今となっては事件を思わせる痕跡はどこにもありません。現場近くの歩道橋は当時の写真にも写っているので、唯一、その当時からあるものかもしれません。そんな感慨にひたりながら塀に沿って刑務所のまわりを一周すると意外なものを見つけました。
 「都市景観賞」と表示されたプレートが塀に埋め込まれています。この賞は府中市の景観条例に基づいて与えられる賞です。調べてみると、事件当時の塀は撤去され、その内側に現在の塀が設置されたようです。歩道に設置されているベンチは古い塀の一部を利用したものだそうです。植栽なども整備されて全体的に明るい感じになっていますが、それにしても刑務所の塀が都市景観賞ですって。
 おそらく賞の選考委員の方は審査の過程で事件のことが意識に上ったに違いありません。この場所に刻み込まれた事件の記憶がいわば地霊となり、それを知る人が見る景観にある種の「深み」を与えている、そのことが結果として受賞の一因になっているのではないのか。つらつらとそんなことを塀の前で考えていました。そして後日、受賞の経緯などを調べていた時にはたと気づきました。元々あった塀は現在は歩道のベンチになっている、つまり私が立っていた場所は刑務所の敷地内、本来「塀の中」だったのです。あの日、私が目にしていたのは(事件当時の)塀の中から見た風景でした。


かつての塀はベンチになっている

第1現場から犯人の逃走方向を見る