レターズアルパック208号

築港で大阪府内の教職員を対象にまちあるき・意見交換会の実証実験を実施しました。

執筆者;建築プランニング・デザイングループ/増見康平

 昨年11月に奈良女子大学等と共に、台中の朝陽科技大学、東海大学にサポートいただき、複数の復興集落を訪れる機会がありました。
 1999年9月21日。台中の南投県集集鎮(なんとうけんしゅうしゅうちん)付近を震源として発生したマグネチュード7.3の大地震は、死者・不明者2,500人弱、全壊建物約52,000戸、半壊建物約54,000戸等、その被害は主に中山間部に集中し、大規模な斜面崩壊が多発しました。
 約7年前の紀伊半島大水害、約2年前の熊本大地震と中山間部の災害復興を支援していることもあり、今回の視察の機会となりました。以下では、産業(営み)と雇用の創出による協働型復興むらづくりの先進事例と言われている2集落の「約18年後の今」を紹介します。

桃米(たおみ)生態村~カエルとトンボによるエコツーリズム~

 南投県埔里鎮(なんとうけんほりちん)の桃米(たおみ)里では、災害前には竹や筍等の生産を行っていましたが、農産業の不振により若者層の流出が続いていました。地震により全戸数約360戸のうち約3分の2が全壊し、人口流出にさらに拍車をかけることとなりました。
 災害後、住民による討論会を重ねる中で、専門家が地域の「宝」としてカエルやトンボ等の生態系の価値を提案しました。討論会では、反対・対立など様々な意見がありましたが、学習活動等を重ねることにより「エコツーリズム」にテーマを絞って復興事業を展開することを決意します。
 その後、住民参加による生態調査、担い手となる解説員養成、民間宿泊施設の整備、公共基金(ファンド)等により集落全体で生態村(エコロジービレッジ)として展開していきます。 エコツーリズムの大成功の一方で、地域内の利益の衝突や妬みをも生んだようで、まだまだ個別事業者の意見対立は解消されていないとの声も聞きました。


桃米生態村の生態解説員

桃米生態村のビオトープ沼

華山(ほあさん)村~台湾コーヒーの故郷+自然と土石流防災の教育の場~

 大量の土砂や岩により被害を受けた雲林県華山(うんりんけんほあさん)の華山川と京橋川の上流部の集落。災害前から「台湾コーヒーの故郷」として、コーヒーカーニバルが開催されていました。しかし1988年の大地震及び1990年の大水害の2度の土砂災害により、集落及び茶畑が深刻な被害を受けました。復興に際しては、住まいの復興から公共施設の復興、産業の復興へと集落の復興に向けてステップを踏んでいきます。特に、公共施設の復興や産業の復興に際しては、ホタル等の自然環境の維持・創出をテーマに、土石流制御の安全性と機能性を確保しながらも、生態学的な景観デザインや土石流防災の解説や教育の場として、地域の新たな雇用機会を創出していました。


華山村の生態解説員

土石流防災の解説看板

阪神・淡路~台湾921~中越~紀伊半島~東北~そして熊本へ

 「21世紀は巨大災害の時代」と思える程、1995年の阪神・淡路大震災後、自然災害による被害は確実に巨大化、複雑化してきています。特に、台湾や紀伊半島、熊本等では、中山間部に被害が集中しました。これらの地域は、災害以前から地域産業の衰退により人口流出が進んでいたのが、さらに災害によりその傾向が一気に進んだと言えます。
 台湾の2集落では、復旧復興のプロセスにおいて、外部の支援団体等の支援も得ながら地域の「宝」を再発見し、地域全体でその価値を共有することから始めています。そしてエコツーリズムや防災教育等の視点を採り入れた活動や事業を展開しながら、小さな産業(営み)として地域経済を循環させ、持続可能な地域づくりに向けた新しい雇用の場を創出しているのが印象的でした。
 熊本地震においては、これからハードとしての住まいの復興や公共施設の復興が本格的にスタートしますが、常に文化の復興や産業の復興の視点を頭にいれて、総合的な集落の復興を支援していきたいと考えております。
(追記:南阿蘇村立野地域では、この1月に2年ぶりの「どんどや」が、約150名の参加により行われました)


レターズアルパック208号・目次

2018年3月発行

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