アルパックニュースレター160号

銀の馬車道と景観まちづくり(兵庫県中播磨地域)

執筆者;大阪事務所 岡本壮平

 みなさんは、「銀の馬車道」をご存じでしょうか。明治9年に開通した「旧生野鉱山寮馬車道」で、生野鉱山(朝来市生野町)と飾磨港(姫路市)とを結ぶ市川沿いの高速産業道路(延長約49km)でした。
 この明治の文明開化と殖産興業の近代化遺産を活かし、現代の地域ブランドを創造していく取り組みのシンボルが『銀の馬車道』です(142号を参照)。ここでは、銀の馬車道沿いで進む、景観まちづくりについてご紹介します。

中村・粟賀町地区(神河町)

 中村・粟賀町地区は、越知川下流の農村として開け、播磨と但馬をつなぐ生野街道の街道村、宿場町として形成されました。銀の馬車道も地区の中央を通っていましたが、生野街道は国道312号に、銀の馬車道は播但鉄道に機能代替され、ともに当地区を迂回したため、往時のような賑わいは失われましたが、旧街道沿いには伝統的な様式の町家や商家が残されています。


街道筋と農村が融合した町並み(神河)

 この地区の景観的特徴として3点挙げられます。まず「街道筋と農村が融合した町並みのつながり」です。街道筋らしい商家や町家とともに、塀や蔵を持つ農家建築や茅葺き民家など農村の特徴も混在しています。それらが融合して調和ある景観を生み出しています。
 次に「水のつながり」です。越知川から分流した水路が地区内を流れ、町並みの背景にある田園や森林との環境的なつながりを感じることができます。
 最後は「木の文化」です。神河町は町域の8割以上が森林で県内でも林業が盛んな地域です。そうした土地柄を反映してか、立派な梁や一枚板の破風板、焼き杉板など木の文化を感じさせる特徴があります。
 当地区では、これまでに「銀の馬車道交流館」の開設、「まっせまつり」での町家等にのれんを飾るイベント、町家等を紹介する案内板の設置など、歴史と文化を生かした地域活性化に取り組んできました。住民の間にも、徐々に景観と活性化を結びつける認識が広がってきています。この町並みの特徴について学ぶ勉強会も開かれ、県の景観条例を活用した景観保全と地域活性化の模索が始まっています。


造り酒屋の建物(景観形成重要建造物:中村・粟賀町)

銀の馬車道でのれんを飾るイベント(中村・粟賀町)

野里街道地区(姫路市)

 野里街道地区は、姫路城の北東に位置し、世界文化遺産姫路城のバッファゾーンとしてユネスコに登録されている地域内にあります。銀の馬車道から分岐した野里街道と姫路城下町とがつながる場所にあります。古くから街道筋に商店が建ち並び、商店と住宅が混在する暮らしの場として発展してきました。
 姫路市では城下町再生に向けてハード・ソフト様々な取り組みを進めており、野里街道地区は多くの町家が残る、城下町再生の一番手として目されています。これまでに「景観まちづくり道場」なる勉強会の開催、町家再生の社会実験、「野里街道まちづくりの会」という住民組織の立ち上げなどがなされています。さらに昨年は、住民と市が協力して、「町並み環境整備事業」を念頭にした、景観まちづくりのワークショップが開催されました。
 住民からまず出されたのは、「景観と活性化の両立問題」でした。つまり「歴史的な建物が野里らしさを生み出していることは承知しているが、人口(特に子ども)が減少し地域に活気がなくなっており、そのためにはマンションや新しい建物も必要で、町家が解体されるのも仕方ないのでは…」ということでした。まさに生活者としての実感を持って問題の本質をついた問題提起でした。簡単な処方箋はもちろんありませんが、話し合いをする中で、「目の前に問題はあるけれども、将来の世代のために我々がやるべきことは何か」という視点から、新たな建物や要素を取り入れつつ、野里らしさを継承するための「景観ルール」と、景観のベースとなる「町並み整備」について協議がなされました。今後、それを基本に市において町並み環境整備事業が検討される予定です。
 住民のみなさんがもっとも重視したのは、「景観まちづくり」でした。所有者任せでなく地域で町家を守る仕組み、町並みを活かした商売や観光など賑わいづくり、そして何より住民自身が地域の良さを知り誇りを持ってコミュニティを育むこと。そうした「まちづくりの力」こそが、生き生きとした景観を後世に継承する源になる。それがワークショップの到達点でした。

銀の馬車道がつなぐ景観まちづくり

 この2地区は北と南に40km以上離れていますが、かつて銀の馬車道が繁栄をつないだ縁があります。そして、今、ともに継承してきた歴史的資産を守り、地域づくり・まちづくりに活かそうとしています。表層美化や安易な観光化でなく、地元の住民に支持された「景観まちづくり」として取り組まれること、そして、誇りと元気をつなぐ、新たな縁が広がることを期待して応援していきたいと思います。


城下町の風情を残す町並み(野里)

町家とマンション等の共存の模索が続く(野里)