アルパックニュースレター162号

農村の景観保全に取り組む
~景観農業振興地域整備計画モデル地区の検討~

執筆者;大阪事務所 森岡武・絹原一寛

美しい「鄙」の景観

 どこまでも広がる実りの水田、起伏に富んだ地形、昔からの生活の息づかいが感じられる集落や寺社、そしてそれらを包み込む山々や川、海・・・。農村・山村・漁村などの「鄙(ひな)」の景観は、永い暮らしや営みが育んできた日本らしい景観の一つです。
 景観法が制定され5年以上が経過し、自治体では景観計画の策定などが進みましたが、これまでの取り組みは市街地の景観が主な対象だった感があります。景観法には景観農業振興地域整備計画といったツールも用意されていますが、策定済みの地区はヨシ原の広がる滋賀県近江八幡市水郷地区や、世界遺産をめざす岩手県平泉町の一関地区など、ごく限られた取り組みにとどまっている現状があります。
 兵庫県篠山市は丹波地方に位置し、盆地型の地形の中に美しい農村景観をたくさん有しており、市中心部の城下町景観とあわせて大きな魅力となっています。市が国のモデル事業を活用して、中部に位置する曽地中(そうじなか)集落での景観農業振興地域整備計画のモデル検討を行うこととなり、農山漁村の景観保全を研究されている京都大学の神吉紀世子先生と一緒に検討をお手伝いさせて頂きました。
 この取り組みを通じて、農村の景観保全を考えてみたいと思います。


谷筋の景観が特徴的な曽地中

地元で採れた野菜を販売

農村景観を読み解く

 曽地中の景観の特性を把握するため、くまなく曽地中の集落内を歩き回り、写真を撮るとともに、地区の方々が集落の景観に対してどのような思いを持っておられるのかをヒアリングしていきました。そして、それらをもとに集落の景観構造を明らかにし、景観を維持している皆さんの暮らしの中での関わり方を整理していきました。
 正直なことを申しますと、初めてこの集落を訪れた時にはその景観の魅力が見えにくかったのですが、こうして話をうかがい景観を見つめ直すと、驚くほどの発見がありました。地区の方々にも写真をお見せしながら話をしていたら、思わず「こんなええとこやったか・・・」とつぶやかれ、思わず笑みがこぼれました。

景観を維持できなくなる不安

 一方で、全国各地の農山漁村と同様、高齢化や担い手不足の問題が顕在化しつつあり、地区の方々はこれまでの景観の関わり方を維持していくことが徐々に難しくなっていることを口に出されました。例えば、山の管理が行き届かず、山に入らなくなっている、稲木小屋や灰屋などかつて生活を支えたもののその使い途が失われているものが出てきている、など。つまり、今まで当たり前のように存在していた農村景観が維持できなくなってしまう、そんな不安に直面しているわけです。

景観が生み出す効用がある

 こうした課題に対しては農業施策で取り組むべき側面ももちろんありますが、今回の検討を踏まえた上であえて「景観」という切り口の意義を考えたいと思います。
 農村集落の景観を見つめ直す作業は、新たな「気づき」を促す作業でもあります。「何もない」と思っていたとしても、改めて見つめることで新たな光を放って見える。実際、今回の検討でもそのような体験がありました。
 そうして見いだされた景観に対して、いろんな人が力を貸してくれる可能性が広がると考えます。曽地中集落ではNPO法人との協働による森や川の維持管理作業を行っておられます。このような外部の力を上手く借りた景観の維持管理方策も有効です。また、今回の検討成果をもとに市の景観部局等との連携や、景観農業振興地域整備計画の本格検討など、次の展開へと可能性も広がります。

農村景観への新しい処方箋

 こうした農村景観は日本らしい景観の代表選手でありながら、その価値はまだまだ過小評価されています。正面からアプローチした研究・書籍等も多くありません。我々も専門家としてこうした景観にもっと光を当てていかねばならないと強く感じました。
 さらに、既存の景観施策は建築物や工作物のコントロール手法や農業施設等の整備といったハード手法が主であり、実はこの生業をも包含した農村景観の維持・保全に対して決定打となり得ないことも明らかになりました。農村景観の持つ価値を明らかにし、それを生業の好循環にまで広げていく、これが農村の景観保全に向けた重要なアプローチだと考えます。
 我々もこれまでに農村の活性化や農産品づくりなど、様々な農村づくりをお手伝いしていますが、今回の取り組みはこれまでの取り組みを踏まえつつ、景観という切り口から農村づくりを新たに展開していくきっかけを与えて頂いたと感じております。
 その一方、今回の検討では、地区の皆さんが「景観で地域が良くなった」と実感できるまでは至っておらず、これからの展開を見守っておられます。農村の景観づくり次なる一手に向けてこれからも模索していきたいと思います。


段丘状の地形に位置する散居集落