アルパックニュースレター197号

ネパール・ゴルカ地震から1年

執筆者;取締役副社長/堀口浩司

 昨年の4月25日にネパール・ゴルカ地震が発生し、約9000人の方が犠牲になりました。その半年後の状況はニュースレター1月号で長沢君が書いています。さらに1月に「カトマンズの谷」の世界遺産都市の被災・復興状況を知るため、カトマンズとバクタプル市を訪れました。前回同様に、当社OBの霜田さんにご尽力いただきました。

地震発生前からの政情不安-復興の遅れ

 国王を中心とした政治体制から10年間の内戦を経て大統領・首相制への移行、新憲法の公布、復興庁人事の混乱などにより、これまで国の統治機構が十分に機能していません。そのような状況の中で地震が発生したため、1年が経過した今も満足な復旧・復興事業が進められていません。
 被災した世帯には、政府から各世帯に衣類などの見舞い金と、住宅再建のための再建資金20万ルピー(24万円)が提供されることになっています。しかし被害総戸数が50万戸と推定される中、住宅再建資金は1年間で700件程度しか支給されていないようです(日経新聞4月28日)。一方、災害復興の資金援助としてインドから1500億ドル、中国から500億ドル、日本は320億円の支援を当初から表明していますが、その支援を有効に使い切るだけの体制が整っていないため、ドナー間で連絡調整してそれぞれが別個に活動しているようです。


 

インド国境封鎖による国民生活の窮状

 発災から5ヶ月後、昨年9月に新憲法が公布されました。その内容がインド国境付近に居住する少数派にとって不利な内容であるため、9月末から2月5日まで国境検問所が封鎖されました。燃料供給をインド国境からの輸入に頼っていたため、長時間停電や交通手段の不足により復興事業どころか市民生活全般が厳しい状況になりました。
 私が訪問した時期は1月中旬でしたが、乾期で水力発電もなく、毎日13~15時間の計画停電が実施されていました。昼夜間を問わず電力供給を停止するため、携帯電話の充電やATM利用、レストランでの調理など、観光客にも大きな制約となっていました。燃料不足で暖房機器が使えないので、日々、寒さの厳しい夜を過ごしていました。


道路を挟んで相互に支え合う建物(バタン)

旧王宮広場(バタン)

世界遺産都市の状況

 世界遺産「カトマンズの谷」はカトマンズ、バタン、バクタプルなどの町の寺院や広場の伝統的建造物群とその環境を「モニュメントゾーン」として構成しています。有名なものはダルバール広場(カトマンズ)やパタンの王宮広場などですが、これらの建造物も震災により大きな被害を受け、今も修復工事を待っています。
 今年1月にバクダプル市の世界遺産ゾーンの復元について市の責任者にヒアリングを行いました。その概要を整理すると、モニュメントゾーンは国や軍などが所掌しており、バクタプル市ではGIZ(ドイツのODA)によって震災以前から修復保存活動を行っており、これからも時間をかけて修復が進められます。その一方で、隣接する「バッファゾーン」の建設計画については、市がデザイン指導などを行っており、乱開発が発生する心配はないものの、むしろ経済活動が不振で、いつまでも復興しないことが心配されています。
 復興計画は、まだどの自治体でも作成されていません。文化財は外国の支援を受けて国が修復しますが、一般の市街地住宅は個別の資金援助と政府系住宅ローンによって、自力復興されるものです。バクタプルなど幾つかの市町では各国ODAによるモデル復興計画を作成中とのことです。


震災がれきの出ない煉瓦の再利用(バクタプル)

仮設住宅(バクタプル)

倒壊した壁に貼られていた構想図(バクタプル)

伝統的景観の修復と復興

 ネパールは釈迦を生んだ国であり、中国とインドという大国に挟まれながらも、長らく独自の文化的アイデンティティを保持してきました。そのため集落や市街地の伝統的な住宅様式についても強い愛着を持っているようです。
 大規模な寺院がないため世界遺産としては指定されていませんが、歴史的景観を有する集落や住宅市街地がカトマンズ周辺には数多く存在し、そのような地区では様式を維持しながら、近代的な建築物へと更新していく動きが各地にあるようです。協調的に伝統的な景観を保存しつつ建替えを進めようとしている段階で地震が発生したため、十分な保全活動ができずに多くの建物が倒壊しています。残念なことに伝統的な建物は構造的に脆弱であり、今般の地震により、そのまちなみを形成する相当数の建物が倒壊したようです。そのような地域では木製のバルコニー部分を保存・再利用して伝統的な姿を修復しようとする動きが見られます。


震災前に建替えられた伝統的なスタイル(サンク)

再利用するために保存中の建材(サンク)

住民協議会による協調的復興活動

 今回、バクタプルで訪問した地区では住民協議会を組織して協調的に地域の復興を進めようという試みが見られました。バクタプルの代表的な祭りの山車を保有する地区では、伝統的なコミュニティを維持しつつ、建築物の景観や道路改良などを協議会で議論しながら、地区の計画を作ろうという活動が始まっていました。住民や権利者の経済力の差により復興のスピードに個人差が発生するのは当然ですが、ここでは地区の合意形成が進むまで建設を抑制し、道路やエネルギー供給など協調的な建て替えによりインフラの整備を進めようとした意気込みがありました。
 封建的な家長制度が残るネパールですので、その前途は厳しいものがあると思いますが、新しいまちづくりの動きに期待したいと思います。

 この原稿を書いている時期に熊本県、大分県における地震が発生しました。被害に遭われた方にお見舞い申し上げると共に、一日も早い復旧・復興をお祈りします。

アルパックニュースレター197号・目次

2016年6月1日発行

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