アルパックニュースレター161号

土地に刻まれた記憶を確認する試み

執筆者;大阪事務所 坂井信行


メモリアルウオークの様子

 JR福知山線の事故から5年目の4月25日を迎えるにあたり、事故の風化防止を願って沿線を歩くメモリアルウオークが開催されました。4月24日、JR塚口駅にほど近い上坂部西公園に集まった50名ほどの参加者は、途中、事故の現場に立ち寄ってJR尼崎駅までの約4キロメートルのコースを約2時間かけて歩きました。
 「未だに電車に乗れない人も歩くことならできるのではないか、沿線をみんなと一緒に歩くことで一歩でも先に進むことができれば」
 今回の試みは、地下鉄サリン事件の被害者を支援しているグループの取り組みを参考に実施されたものです。主催したのは事故の負傷者やその家族、支援者らでつくるグループで、今回が初めての取り組みですが、今後も恒例のイベントに育てていきたいとの思いがあります。
 事故があった4月25日が近くなると沿線の地域では様々な取り組みが行われ、独特の雰囲気に包まれます。事故の現場には献花に訪れる人も多くなり、あたりはにわかに騒がしくなります。現場となったマンションはJR西日本による買収が終わり、現在も当時のままの状態で保存されています。今後どのようにするのかが決まっていないためです。マンションの近隣は、線路の東側には工場や卸売り市場などが立地し、線路の西側は住宅と工場などが混在したこの辺りならどこにでも見かける市街地です。事故によってこの場所には特別な記憶が刻み込まれることとなりました。
 現場のマンションから南に300メートルほど行ったところに畑があります。畑のオーナーは4月25日が近づくと菜の花で「命」の文字が浮かび上がるよう、手入れをされています。この時期、この場所でしか見られない風景です。事故の現場に刻み込まれた記憶は風に乗って飛んでいくたんぽぽの綿毛のように周囲に広がり、その土地に新しい意味を付け加えていきます。メモリアルウオークは、こうした意味をみんなで発見し、読み解いていく行為でもあります。
 さて、多くの人々によって様々な意味付けがなされる事故の現場。日常の何気ない風景の中にどのように記憶を継承していけばよいのか。この難問には様々な人々の思いと知恵を集めないと立ち向かうことができません。


現場近くの「命」の菜の花畑

日常の風景の中にある現場マンション

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2010年5月1日発行

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